『  あめ あめ ふれふれ  ― (3) ―  』

 

 

 

 

 

 

 

 

  サ −−−−−− ・・・  サ −−−− ・・・・

 

細かい雨が 朝から降り続いている。

「 ・・・ あ〜 もういやになるわねえ ・・・ 

 ざ!っと降って ぱっと上がってくれればいいのに・・・ 」

フランソワーズは ため息つきつき白っぽい灰色の空を見上げる。

「 洗濯物だけじゃなくて ウチの中もじめじめしめっぽくなっちゃう・・・ 」

何年暮らしても 雨の続く季節はどうも苦手だった。

 

 

  ぴんぽ〜〜ん ぴんぽん ぴんぽん!

 

玄関のチャイムがせっかちに鳴った。

「 は〜い  はは〜〜ん 多分すぴかだわね〜〜 この押し方は・・・

 はいはい ちゃんと聞こえていますよ っ  

玄関にむかって声を張り上げると フランソワーズはちらっと冷蔵庫の中身に目をやった。

「 はいはい 今 あけますよ 〜〜 」

「 アタシ! 開けて  アタシ、 すぴか〜〜〜!! 」

「 わかってますってば。 ちょっと待ってよ ・・・ 」

玄関のドア越しに母と娘は大声でやりとりをしている。

「 はやく〜〜〜〜 

「 はいはい ・・・ っと。 はい お帰りなさい。 」

「 ・・・  !!! 」

すぴかは 迎えた母の横をダッシュで通りすぎた。

「 ! すぴかさんっ  ただいま は?? 」

「 ただいま〜〜〜〜〜〜〜   トイレっ ! 」

  ばた〜〜んッ !!   すぴかの声をトイレのドアが遮った。

「 ・・・ やれやれ ・・・  あ〜あ  もう ・・・ 」

玄関からは 鞄やら布製の大きなバッグやらがぼとん ぼとん 点在している。

「 よ・・・いしょ。  ま〜 相変わらず重たいのねえ 〜 」

重たいといいつつも 母はひょいっと片手で持ち上げると 階段の下に置いた。

「 すぴかさ〜〜〜ん!  鞄 ここに置いておきますよ〜〜 」

「 ふぇ〜〜い ・・・ あ〜〜〜 まに合ったぁ〜〜 」

「 ちゃんと学校でお手洗い、 行ってらっしゃい。 」

「 う〜〜〜 ぎりちょんまで部活 してっからさ〜〜 アタシ、部室の鍵かけとかも

 しなくちゃなんないし〜〜  ウチ 遠いし〜〜 

「 家の場所は。 ず〜〜〜〜っとここですよ。 

「 そ〜〜なんだけどさ〜〜〜  あ オヤツ オヤツ〜〜〜 」

「 着替えて手を洗ってウガイしてからです。 」

「 はいはい ・・・ あ〜〜〜あ  」

「 それと! 洗濯モノ、ちゃんと出しておいてね 」

「 わ〜かってますって。  すばるじゃあるまいし〜〜 」

「 だったらさっさと着替えていらっしゃい。 」

「 へ〜い ・・ あ〜〜 腹へったあ〜 なんかない?  オヤツ なに。

すぴかさん。  お腹空いた  でしょう?    

「 なんだってい〜じゃん  なんかない? 」

  オーツ・ビスケット  あるわ。 レーズン入り。 

  う〜   パンある?   食パンでいい〜〜 」

「 ありますよ。 」

「 そんじゃ アタシ、自分で サンドイッチつくる〜 

 あ ねえ  チーズとハムとトマト もらうね〜  ? 」

「 ・・・  ど〜ぞ   あ ハム、全部食べないでよ! 」

「 わっほ〜〜い♪  あ〜〜〜 もうばってばて〜〜〜  」

でっかいスポーツ・バッグを引き摺って すぴかは二階へと上がって行った。

「 ・・・ ふん だ。 なによ〜〜おかあさんのびすけっと〜〜って大好きだったくせに 」

フランソワーズはちょっぴり恨めしそ〜に娘の後ろ姿を見ていた。

「 お腹がすくのはよ〜くわかるわ。 そんな年頃ですもんね。

 部活で活躍してくるんだし・・・  

中学生になると子供たちの関心は どんど外に向かってゆく。

すぴかもすばるも部活に熱中する日々だ。

すぴかは バスケ部に入り、今は二年生のキャプテンとして張り切っている。

だんだん茶色になってきた髪を ポニーテールに括って駆けまわる。

ほぼ毎日練習があり、汗ぐっしょりの洗濯モノを持ち帰ってくるのだ。

「 ふ・・・ん・・・ バレエは止めちゃうし・・・  

 ま なにか好きなことに熱中するのはいいことだとは思うけど ・・・ 」

フランソワーズは キッチンに戻ると パンの袋とチーズとハムを出しておいた。

 

「 ― オレ、自分で作る。 」

少し後で帰宅したすばるは ぼそっと宣言した。

「 ど〜ぞ。 パン、あるわよ。 」

「 ウン ・・・ 」

最近 どんどん寡黙になってきた息子は、それ以上は言わずにこれまたでっかいバッグを

抱えて自室に上がってゆく。

「 あ すばるクン!  洗濯モノ、ちゃんと出しておいてちょうだい! 」

「 う〜〜 」

「 わかったの?? 制服のシャツも よ!  お返事は?? 」

「 ―  聞こえてるよ! 」

「 だったらちゃんとお返事なさいっ 

「 了解。 」

 バタン。  返事というか返信? と共にバタン、と部屋のドアが閉まった。

「 ・・・ もう〜〜〜 !  」

いつものことなので フランソワーズはそれ以上は構わないことにしている。

 

 

   ジャ 〜〜〜〜〜〜〜〜 ・・・

 

「 うほ♪  で〜きた〜〜〜〜 」

十数分後 ― すばるはキッチンでに〜んまりしていた。

目の前のフライパンの中には、というよりフライパンから盛り上がりはみ出しているのは〜

特大の、座布団大のホット・ケーキ !  

「 ・・・ それ 全部一人で食べるの? 」

「 あ? ほしい?  か〜さんもたべる? 」

「 い〜え  すばるお一人で どうぞ。 」

「 サンキュ。 へっへっへ〜〜  さ〜〜 かけるぞ〜〜〜 」

「 ・・・・ 

すばる 自分で焼いた 特大ホットケーキにシロップをどどど〜〜〜っとかけまくっている。

「 いっただっき〜〜〜〜   ・・・・むぐ〜〜  」

「 そんなに食べて ・・・ 晩御飯、入るの? 」

「 むぐ・・・ ウマ〜〜〜〜♪  え なに? 」

「 だから。 晩御飯、食べられるのって聞いたの。 」

「 晩飯 なに。 」

「 チキンのトマトとオクラ煮。 」

「 あ〜 大丈夫。 オレ オクラ、いらんから。 」

「 だめです、お野菜食べないのならチキンはあげませんよ? 」

「 へ〜いへい・・・ あ〜〜 ウマ〜〜〜 へへへ 」

聞いているんだかどうだか・・・ 母の小言などどこふく風〜で

すばるは サブトン・ホットケーキを ぺろりん、完食してしまった。

「 あっは・・・ ウマかったぁ〜〜  

ふんふんふ〜〜ん♪  ハナウタ混じりに、それでも一応すばるは食器やら

使ったボウルやらを洗っていった。

「 晩飯〜〜 はやくしてね〜 」

「 ・・・ いつもと同じ時間です!  」

「 あっそ  ふんふんふ〜〜〜ん♪ 」

  ドン ドン ダン  !  ご機嫌の中坊は足音も高く自室に戻っていった。

 

「 おか〜〜〜さ〜〜〜ん おやつ なあに〜〜〜 」

「 オヤツ オヤツぅ〜〜〜 なに〜〜 」

「 は〜い 今日はねえ 二人が大好きなオーツ・ビスケットよ 

「「 わあ〜〜〜い♪  」」

お揃いのエプロンをして すぴかとすばるはぴょんぴょん跳ねている。

「 お〜つ びつけっと〜〜 たべる たべるぅ〜 」

「 お〜と びっけぇ〜〜  僕も 僕もぉ〜 」

「 もうちょっと待ってね? ほ〜ら 今焼けているのよ 」

「 どれぇ? 」

「 あっちっち? 」

「 ここなら熱くないわ  ほら 一緒に見ましょ? 」

「「 うん 」」

三人は 並んでオーブンを覗きこんだ。

「 は〜やくおいしくな〜あれ〜〜 ♪ 」

「 な〜〜ぁれ〜〜  な〜ぁれ〜 ♪ 」

「 あら 可愛いお歌ね。 お母さんにも教えて? 」

「 うん!  あのね あのね〜〜  」

「 あのね〜 おか〜さん  あのね〜〜 」

「 ええ 一緒に歌って?  歌っているうちにビスケット、焼けるわよ? 」

「「 うん !!  」」

 

  ・・・ そんな日はついこの前だったのに。

 

「   ふん    大好きだったくせに・・・ これ ・・・・ 」

ポリリ  ―  母は今、ひとり だ〜れもいないキッチンで冷えたビスケットを齧っていた。

 

 

「 ご飯よ〜〜〜〜 っ ! 」

「 ・・・・・ 」

「 ・・・・・ 」

返事は聞こえない。 二人とも自室にいるのは確かなのだが。

ちなみに 島村家では中学生であっても夜一人での外出などは許可してはいない。

「 もう〜〜〜  ご飯 はやくしてね、なんて言ったくせに・・・

 すぴか〜〜〜 すばるっ!!!  晩御飯 ですよっ !!!! 」

 

   ・・・ ドドドドド !

   ドタバタ ドタバタ ドタバタ〜〜〜

 

返事の代わりに 階段が鳴り響いた。

「 〜〜〜 いっただっきま〜〜す〜〜 

「 マス ・・・ あ? 

中学生は 食卓に駆けよりどすん、とイスに座り ―

「 ?? まだ できてないじゃん〜〜 ? 

「 よそってないよぉ? 」

「 ― 手伝って。 お皿 運んで頂戴。 」

「「 ふぇ〜〜〜 い  」」

ぶつくさ言いつつも 子供達は晩御飯の< お運びさん > を始めた。

 

 カチャ。  母は にっこり笑って食卓と子供たちの両方を見渡した。

「 はい お手伝い ありがとう。  それでは  ―  いただきます。 」

「「 イタダキマス ・・・  」」

思春期突入〜〜の娘も息子も 一応神妙な顔で唱和した。

「 はい どうぞ。  あ サラダにはねえ スダチをつかったドレッシングを 」

「 〜〜〜〜〜 ん 〜〜〜 」

「 〜〜〜〜 あ サラダ? 」

「 だからね! そのレタスとモヤシを使ったサラダには スダチの 

「 むぐ 〜〜〜 あ! ケチャップ ある? 」

「 あ アタシ、 まよね〜ずぅ〜〜 」

「 ほい、まよね〜ず  

「 お〜〜 さんきゅ。 」

  ひゅん。   食卓の上を 特大まよね〜ずのチューブが飛んだ。

「 ケチャップ〜〜 出してないよ。 」

「 そっか〜〜 ちぇ〜〜 」

ぶつくさいいつつも すばるはさっさと取りにゆき。

 

   ぐにゅう〜〜〜   だばばば〜〜〜

 

フランソワーズ特製のサラダは すぐにマヨネーズまみれになり

ケチャップの海に埋没していった。

「 ・・・ あ〜〜〜 ・・・ 」

「 むぐ〜〜〜  ?  なに?   おか〜さん あ まよね〜ず?

  ひゅん・・・ フランソワ―ズが返事をする前に特大チューブが飛んできた。

  ぱしっ。  母は苦もなく受け止め、静かに食卓に置いた。

「 ! ちがいますよっ 

「 さ〜すがぁ〜〜〜 」

「 へ? あ〜〜 ケチャップ?  ほい。 」

 ズ ・・・。  今度はケチャップの大ボトルがずい・・っと押されてきた。

「 ちがいますっ!! 」

「 あ そ? 」

「 ナンか かけたほうがオイシイよ〜〜 おか〜さん 」

「 むぐ 〜〜 」

「 このサラダには! スダチをつかったドレッシングを用意してあります。 」

 

   コト。  母は手製のドレッシングを容れた白い陶器を子供たちの前に置いた。

 

「 すだち?? 」

「 そうです。 ほら・・・いい香でしょう? 柑橘類でね 秋刀魚とかの焼き魚に

 搾ってかけるとオイシイのよ。 

「 ふ〜〜ん ・・・?   あんま すっぱくないね? 

すぴかは ちょろっと指に付けて舐めている。

「 アタシ  いいや。 」

「 僕も の〜さんきゅ〜。 すっぱいのは苦手だ。 あ。 そ〜いえばさ〜〜 おじいちゃまは? 」

「 そうだ! おじいちゃまは、 お母さん。 」

子供たちはやっと箸を止めて 母の方を見た。

「 ― おじいちゃまは お出かけです。  お帰りは遅くなるって。 」

「 な〜〜んだ〜〜〜 

「 へえ〜〜 あ  コズミ先生んとこ? 僕 迎えにゆこっか? 」

「 お父さんがお帰りにコズミ先生のとこに寄ってくださいます。  

「 ふ〜〜〜ん 」

「 あっそ 」

そっけなく答えると 子供たちはまた食事に没頭してしまった。

「 ねえ ・・・ 試合とかないの? すぴかさん 」

「 だから! 来月 新人戦だってば。 」

「 ああ そうだったわね 応援にいってもいい?  

「 ど〜ぞ ― でも 騒がないでね! 」

「 ・・・騒ぎませんよ。  ねえ すばるは? 」

「 〜〜〜〜〜 むぐ〜〜〜 」

「 すばるクン! ねえ 弓の試合 ないの? 」

「 ― 弓道。 」

「 は? 」

「 だから〜〜 弓 じゃなくて 弓道。 」

「 きゅうどう? そう言うの? 」

「 そ。 」

「 ふうん・・・ で そのきゅうどうの試合 あるの? 」

「 ― 来なくていいから。 

すばるは憮然として言い切った。

「 あら〜〜 どうして?? お母さん、すばるの試合、見たいわあ〜 

 きゅうどうの試合ってどうやるの? マトに当てっこするの? 」

「 ― いいよ、見なくて。 ・・・ 来るなよ。 」

「 どうして〜〜 」

「 見たって面白くないし。  あ 〜〜 練習着、洗濯しといてね 」

「 ・・・ 洗濯機に入れておいて頂戴。  

「 了解。  〜〜〜 あ〜〜 ウマかったあ〜〜〜 ごっそさん 」

「 ウン。 ごちそ〜〜〜さまあ〜〜 」

 

  ガタン。 ゴトン。   子供たちは満足そうな顔で席をたった。

 

「 麦茶〜〜 もらうね〜〜〜 」

「 あ 僕も〜〜〜 」

「 ど〜ぞ。 冷蔵庫に入ってます。 」

二人は特大のマグ・カップにどぼどぼと麦茶を注ぐと 自室に行ってしまった。

母の前には 空っぽになった食器が並んでいるだけ。

「 ・・・ 全部食べてくれたのは ― 嬉しいけど ・・・ 」

 

   ふうう 〜〜〜〜 ・・・ またため息が出てしまう。

 

「 レタスとモヤシのサラダ・・・会心の作だったのに〜〜〜 ・・・

 あ〜あ ・・・ なんだかオオカミのきょうだいに餌をやったみたいよ・・・ 」

やれやれ・・・と フランソワーズは食器を片づけた。

ジョーが帰るまでには まだ時間がある。

「 ふうん〜〜 ・・・ ああ そうだわ! すばる達の洗濯モノ!

 朝イチ完了 にセットしておきましょ。 

 

家のバス・ルームには 特大の洗濯機がある。

博士特製で かなりの量の衣類をさっぱりと洗いあげることができる。

場合によっては 特殊な赤い服を9人分洗わねばならないのだから。

幸いなことに最近はもう・・・ 違った意味でフル回転の大活躍なのだ。

なにせ バスケ部員 と 弓道部員 がいるのだから。

「 え〜と? ・・・ ?  ナンか臭いわね?  」

 ― カタン。  洗濯機のフタを開けてみた。

「 くっさ〜〜〜 ・・・ なに これ?? 」

ぞろり、と引きだしたのは なにやらしろっぽい肌着?? いや ちがう。

「 ?? ・・・ あ。 これ もしかしたら すばるの?

 れんしゅうぎ って言ってたわよね〜〜  これ・・・ キモノ? 」

じっとり湿っていて猛烈に汗臭い・ソレを フランソワーズは鼻をつまみつつ取りだした。

「 こんなの、一緒に洗えないわ〜〜 ちょっと水に浸けておかなくちゃ・・・

 あとは〜〜 ああ すぴかのユニフォームとタオルと ・・・ ふ〜ん・・・

 それじゃ 洗剤をめいっぱい入れてっと ・・・ 

すばるの洗濯モノは ざっと水洗いしてから一緒にいれた。

「 う〜〜〜 も〜〜この この臭いは 我慢できないわ!  オトコノコってこんなにクサイの?

 ・・・ そういえば 最近 へやも掃除させてくれないし ・・・ 」

彼女自身 兄と一緒だったけれど、兄の部屋からはいつも煙草のニオイと愛用のコロンの

香が漂っていたものだ。

「 ・・・ ジョーは たまに汗臭いくらいだし。

 それにしても臭すぎるわよねえ〜〜  ああ そうだわ! 」

フランソワーズはパタパタ・・・駆けだして、寝室からコロンの瓶をもってきた。

「 ふふふ これこれ・・・ パパも兄さんも使っていたわよね〜〜

 そうそ、よくパ・ド・ドゥを踊ったミッシェルも使ってたっけ・・・

 これを仕上げにシュ♪ すればいいわ。 

にこにこして 彼女はその少し古風なデザインのアトマイザーを棚に置いた。

 

 

  ― ばさ。

 

「 お帰りなさい、 すばる。  ? どうしたの? 」

「 母さん。 」

翌々日。   帰宅するなりすばるは玄関で白い衣類を母に突き付けた。

「 これ! なにしたんだよっ 

「 はい? 

「 これ! オレの練習着! 」

「 そうね。 昨日キレイに洗っておきましたよ。 」

「 洗ってはあったさ。 そのあと!!! 」

「 そのあと? 乾してきれいに乾かして畳んで すばるの部屋に置いたわよ。 」

「 ・・・ だから! なんでこんな匂いなんだよっ! 母さんっ 

「 へ? 匂い? クサイの? 」

「 !  ああ クサイよっ オレ 部活の先輩に 

 

   「 ただいま〜〜〜  あり? どしたの? 」

 

開けっ放しの玄関から ひょっこりすぴかが入ってきた。

「 あら お帰りなさい すぴかさん。 」

「 ただ〜〜  あ〜〜 すばる・・・  あはは 〜〜 」

「 笑うなよっ すぴかっ ! 

「 だあってえ〜〜〜 生活指導の先生までさああ〜〜〜 」

「 っとに〜〜〜 ! 」

すぴかは笑い転げ すばるはなぜか猛烈に怒っている。

「 ??  どうしたの?  ねえ すばる なにがあったのよ? 」

母は一人、目をぱちくり・・・ ぼ〜〜っと立ているだけだ。

「 ん〜〜〜〜〜 だからっ・・・ 」

「 あはははは ・・・ あ〜〜 あのさ〜〜 おか〜さん ・・・

 おか〜さんってば すばるの練習着にさ〜 コロンかなんか振ったでしょ〜? 」

口の重い、怒りでカリカリしている弟に代わって すぴかがくつくつ笑いつつ

説明し始めた。

 

 

「 ― それで? 」

ジョーは 溜息をつきつつ・・・ 妻と息子の顔を見つめた。

彼の脇では クッションを抱えて娘が笑いを噛み殺しているのだ。

母と息子のもめ事は ついに〜〜 夜遅くに帰る父親の裁量にまで持ち込まれた。

「 ・・・ だから! オレの洗濯モノにヘンなニオイ、やめてくれっての! 」

「 変なニオイ じゃありませんよ。 4711って有名なコロン水よ。 」

「 香水なんかつけるなって! 」

「 香水じゃありませんよ。 コロンを振るのは紳士の嗜みよ?

 お母さんの生まれた街では ギャルソンやムッシュウたちもコロン水を使ってて  ・・・ 」

「 おれ。 日本人。 ここ 日本!   」

「 そりゃそうだけど ・・・ すばるのアレ・・・すごくクサかったんだもの。 

 爽やかな香りで練習した方が気持ちいいでしょう?   」 

「 けど! 

「 わ〜かった わかった。 二人の主張はよ〜くわかった。 

「 父さん! だったらさ〜〜〜 母さんに ! 」

「 ジョー!  ジョーだって夏にはハンカチに 4711 を垂らしているでしょう?

 爽やかですごくいいって言ってるじゃない? 

ジョーの言葉に 二人はほんのちょっと口を閉じただけだった。

 

  ( いらぬ注 : 4711 ― ドイツ・ケルン生まれのオーデコロンの元祖。

    メンズ・コロンで柑橘系の爽やかな香りです。

    暑い日にハンカチに垂らして汗を拭くとすご〜く爽やか♪  )

 

「 あははは・・・ お〜〜かし〜〜〜 すばる、アンタ よくしゃべるね〜〜 

 め〜ずらし〜〜〜  台風でもくるのかなあ〜〜 」

すぴかはもう真っ赤になって笑い転げている。

「 すぴか。 傍聴人は静かに。 」

「 へいへい 裁判長〜〜〜 」

「 あ〜〜  な〜  すばる。 あまりお母さんにわいわい言うなよ〜

 悪気があったんじゃないんだし〜   」

「 ・・・ そりゃ わかってるけど。  けど!  オレ 軟弱だって部活の先輩に睨まれるし〜

 生活指導の先生にもさ〜  呼ばれてさ〜〜 」

「 まあ! その先輩ってだあれ? わたしが意見してあげるわ!

 生活指導の先生って・・・ あ サトウ先生ね! 明日学校に行って 

「 すと〜〜っぷ 

ジョーはすっくと立ち上がった細君のスカートを引っ張った。

「 ぼくが学校には話しておくから。( ・・・ これ以上 話をややこしくするな〜 ) 」

「 ・・・ そ お? 」

「 ああ。 そして すばる。お前の主張もわかった。 

 けどな〜〜 汗臭いってのも限度がある。 石鹸の香り 勝負しろ。ならいいだろ? 

「 ・・・ う〜〜〜 」

「 日本にはな古来 香道 ってのもあって 香を嗜むのは大切なことだったんだ。

 武士は兜に佳き香を焚きしめたっていうぞ。 

「 ・・・ こう??  線香かよ?? 」

「 違うよ。 後で古語辞典でも引いて調べとけ。

 それで。 お母さんも、すばるの衣類にコロンは不要。 いいね。 」

「 だってね! あんまりなニオイだったのよ?? 」

「 う〜〜 その件に関しては ・・・ すばる? 清潔を心がけるべし。 」

「 ・・・ めんどくせ〜〜  

「 お前が無精してちゃんと洗濯にださないから お母さんがコロンを 」

「 わ〜〜ったよ! だから 母さん! 余計なこと、しないでくれよ〜〜 」

「  ― 石鹸の香 ならいいのね? 」

「 ・・・ しょ〜がね〜じゃん 」

「 よ〜し。 それじゃ ―  ともかく この件は 」

「 これにて いっけんらくちゃ〜〜〜〜く♪  さ 夜食 たべよ♪ 

すぴかが ぽ〜〜ん・・・とクッションを放り上げた。

「 ・・・ お父さん も〜腹ペコで 〜〜 」

ジョーが情けない声を上げてソファに沈みこむ。

「 あ〜〜 ごめんね〜〜お父さん! ねえ ねえ〜〜 お母さん〜〜

 ピザ チン! していい? 」

「 いいわ。 ジョー ごめんなさいね、すぐに晩御飯にするわ。 」

「 ありがと〜〜 」

「 オレ ・・・ スープ温める 」

「 まあ ありがとう、すばる。 さあ それじゃ皆で準備しましょ。 」

「 ピザ ピザ〜〜〜っと ♪ 」

「 スープ〜〜 オレも食べるもんね〜〜 」

島村さんちの食卓は やっぱりいつだって賑やかなのだ。

 

   ふふふ ・・・ 鬱陶しい雨なんて もう忘れちゃうわね ・・・

 

フランソワーズは くすっと笑いキッチンの窓のカーテンを引いた。

 

 

 

 ― 十数年の後 

 

        しとしと しとしと ・・・

 

雨はそんなに強くはないが まだ止みそうではない。

雨降りの季節は  いつも大騒ぎだった。  

あめ あめ ふれふれ  なんて 願ったことなんかなかったわ  とフランソワ−ズは思う。

 

      けど    その日  は。  

 

 昨夜から細かい雨が ベールみたいにこの家に降り注いでいる。

  ―  花嫁のベール?   いえいえ これは陰気な灰色のベール

     哀しみを隠す お別れの日のベールだわ   

碧い瞳は拭っても拭っても濡れてしまう。

 

「 ・・・ 雨 ・・・ 止まなければいいのに ・・・ ! 」

「 フラン ・・・ 」

「 ず〜〜っと ず〜〜っと ・・・ 一週間でも一か月でも降っていればいいのに! 」

「 フラン ・・・ そんなこと言うもんじゃない。 

「 だって・・・!  ああ ・・・ だって ・・・ 」

「 ・・・ ごめん。 ぼくも同じ想いなんだ ・・・ 」

「 ジョー ・・・ 

ジョーとフランソワーズは 降り続く小雨をじっと見つめている。

 

  ―  この雨が止んだら。  二人は出発する。  

 

ここから。 この家から。 子供たちの前から。  愛の巣の島村家から。

 

    そして ―   もう戻らない。

 

「 どうして・・・!?  ・・・ そうよね 仕方ないのよね ・・・ 」

「 フラン ・・・ 」

「 あの子たちは ? 」

「 すばるはもうすぐ帰ってくる。   すぴかは部屋にいるよ。 」

すばるは研修医として県下の病院に勤め、すぴかは休暇でパリから帰国している。

「 ・・・ そうよね。  ねえ! あと一日くらい一緒に 

「 フラン ? 」

「 ごめんなさい。  ・・・ ああ ああ でも でも ・・・ 」

「 ・・・ ウン ・・・ 」

 

 

     あめ あめ  ふれふれ ・・・

 

 

ジョーとフランソワーズは 窓辺に寄り添い小声で歌い続けるのだった。

 

 

    ******   おまけ  ******

 

いつか どこかの街角で。

茶髪の青年が 店の軒先でぼんやりと雨宿りをしている かもしれない。

彼は 低くなにか歌を歌っているよ?

 

   あめ あめ ふれふれ〜〜

 

 ―  ねえ あなた。  そうっと・・・隠れて見ていてごらん・・・

必ず 金髪碧眼の美女が傘をもってやってくるから。

「 ジョー ・・・・! 」

「 あ フラン〜〜  ありがとう! 」

「 どういたしまして。 はい カサ。 」

「 ・・・ あは  これ ぼくの憧れだったんだ。

 あめ あめ ふれふれ〜〜♪ って ・・・ さ。 」

「 わたしも歌うわ。 一人で歌うのは ・・・ この歌は淋しすぎるわ。 」

「 ウン ・・・ 二人でも淋しいね 」

「 ・・・ そう  ね ・・・ 雨の日は いっつも大騒ぎだったっけ・・・ 」

「 ウン ・・・ 実はね ぼく・・・ 雨の日が楽しみだったんだ 」

「 ええ  ええ ・・・ わたしも  よ ・・・ 」

「 もう あんなに楽しい日は 」

「 わたし達の最高の日々だったわ ・・・ 」

「 ウン ・・・ 」

 

       あめ あめ  ふれふれ ・・・

 

そんな二人を あなたも見ることがあるかも ― しれません。

 

 

 

****************************      Fin.     **********************

Last updated : 09,29,2015.                 back     /     index

 

 

************    ひと言  ***********

こんな風に ・・・ 島村さんち の人々は暮らしていたのかな・・・

雨の日 ―  いかがお過ごしですか?